SE/30がIBMの汎用コンピューターより高速だった時代

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面白くなってきた。創業150年を超える企業が、新型コロナウイルスの影響で倒産の危機になっている。どうして?本業で稼げないからだよね。繰延税金資産を取り崩した結果の大赤字を計上しているのに優雅にのんびりと売り上げのことを考えない経営者もどきが集まる取締役会のアホどもがいる会社を辞めることにした。約30年の思い出。

アップルのSE/30を担いで通勤した懐かしい時代

高校時代の友人と銀座のカフェで偶然会った。会うのは何十年ぶりだろうか?
この同級生は大手のメーカーに勤めていたが、今は全くの暇人だ。

「よお、偶然だな」
「会うのはいつぶりだ?」
「俺の結婚式が終わって、それからしばらくして新婚旅行の土産を渡したね」
「お、あのグラスは今でも使ってるぞ。曇ってきたけど」
「クリスタルグラスは必ず曇るよ」
「ところで、今は何をやっている?」
「実は、会社面倒になって辞めた。親父も引退してさ、今は親父の介護と気楽な散歩人生だよ」
「毎日、何をやっている?」
「暇だから、ひたすら自宅から歩いてカフェを回っている。そして、ブログを書いている」
「それって、稼げるのか?」
「それなりにな。最も、俺はアップルのおかげでやめられたからな」
「どういうことだ」
「難しくないよ。お前とSE/30を秋葉原に買いに行っただろ。覚えているか?」
「覚えてるも何も今も使っているよ」
「嘘、SE/30が今も現役かよ」
「壊れずにDaystarのアクセラレーターも動いている」
「覚えているか?あの時、アップルの株を買ったのを」
「ボーナス注ぎ込んでいたよな」
「そうよ。あと時買ったアップルの株が大化けしたのだよ」
「ん?大化け?」
「そうだよ。仕事しなくてもいいくらいに増えた」

この同級生は、アップルが大好きで二人で新製品が出るたびに買っていた。実際に、1991年当時は、PCを自宅で使っているというのはごく少数で、ましてアップルを使っているというのは、ごく一部のオタクだった。

1MBのメモリー一枚が1万円もした時代だ。
128MBのMOディスクが一枚1万円の時代だ。

SE/30がとてつもなく大活躍してくれた時代だった。

70万円の投資が時間を作り出した

考えられない話だが、営業成績の報告は当然手書きで、売り上げ集計表も手書きだった。当然、縦横の計算は、たけ定規を使って、隠して電卓を手打ちして合計金額を出す。

売り上げ伝票を書く。
入金伝票を書くという手書き作業だった。

この統計を集計するのが実に厄介な代物だった。
ズボラな性格の社員は、毎月間違えている。

検算が嫌になった。

そこで、統計表を持って秋葉原に行って、「この表を作れるやつないですか?」と聞いたら出てきたのは、ダイナブックだった。MS-DOSのPCがで始めた時で、コマンドを打ち込まないと使えないP Cだった。

文化系の俺には、使うのが面倒だった。帰ろうとした時「あの、文化系の人が開発したPCがあります。ちょっと高いのですが」と言われて身体が震えた。

文化系の人のためのPCがある?

それが、アップルのMacintoshだった。
恐ろしく高かった。
サラリーマンが買える金額ではない。

でも、魅力だった。
コマンドを使わずに、ダブルクリックで起動するアプリケーション。

この衝撃はすごかった。
そして、銀行に走りSE/30とキーボードと専用のバック、プリンターを購入してタクシーで帰宅したのだ。

帰宅後の開封作業は大興奮だった。
自宅にコンピューターがある。
しかも、大きなバックだけど持ち運べる。

当時のSE/30の計算処理スピードは、IBMの汎用コンピューターより速かったのだ。
だから、会社からデータをファックスで送らせて、ひたすら入力して処理する。
正確で速かった。

たまに、爆弾マークで処理が止まったけどね。

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